考古学的証拠から、記録に残る時代よりはるか以前に現在のブータンの谷で人々が暮らしていたことが分かるが、最初期の時代については不明な点が多い。仏教はブータン史の中心的な力となり、とりわけパドマサンバヴァ、またの名をグル・リンポチェに伝統的に結び付けられる8世紀の訪問以降、その影響が強まった。17世紀、ザブドゥン・ガワン・ナムゲルは競合する谷や宗教共同体を、より統一された政治秩序の下にまとめた。彼は宗教と行政の中心を兼ねるゾンを築き、宗教権力と世俗権力が権限を分かち合う二重の制度を発展させた。彼の死後も地方の総督や指導者が政治生活を形づくり、強力な谷同士の対立も影響力を保った。1907年、ウゲン・ワンチュクがブータン初の世襲国王となり、ワンチュク王朝を創始した。英領インドとの関係は1910年のプナカ条約で正式化され、独立後のインドとの1949年の条約は、その後の対外関係に影響を与えた。ブータンは1971年に国連に加盟し、ワンチュク王たちの下で国際社会との関わりを徐々に広げた。ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王の下で進められた政治改革は2008年憲法につながり、選挙で選ばれる機関、議会制政府、立憲君主制が確立された。このようにブータンの歴史は、地域と宗教の権威から選挙による政府を備えた中央国家への漸進的な移行であり、仏教機関と地域の伝統も引き続き影響力を持っている。
ブータンの歴史
ブータンの歴史は、ヒマラヤ地域での初期の定住、仏教の広がり、政治的統一、近代立憲君主制の発展が重なり合っている。17世紀、ザブドゥン・ガワン・ナムゲルは国土の大部分を統一し、宗教と世俗の行政を担う二重の制度を築いた。ブータンは2008年に民主的な立憲君主制となった。
ヒント
ブータン史を、宗教的権威、地域行政、王政、選挙による政府の関係を理解する枠組みとして活用する。出来事を結論づける前に時代を確認し、とくに17世紀の政治秩序と2008年に成立した立憲制度を区別する。初期の時代は現存する証拠が限られるため、記述には慎重を期す。

